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◯◯的

「アタシ的には別に知らなくてもいいんじゃん、っつーか知る必要ないしねー。でも彼的にはぁ、やっぱ知っとくべきなんじゃんみたいなー。」って・・・

そもそも「的」というのは、性質や傾向を表す接尾語だった。辞書にも出ているが、「○○のような」「○○としての」などの含みをもって「芸術的」「哲学的」「現実的」「病的」「教育的」などのように「それ自体ではないが、それに近い性質やそれに準ずる能力をもったもの」という意味合いで用いていたものだ。それが近頃では「私的には」「仕事的には」などのように、「私は」「仕事は」に近い意味合いで用いられている。「私は」と言いたいなら、ちゃんと「私は」と言えばいいのに何故「私的には」なんだろう。「彼的には」「オレ的には」「先生的には」・・・

最近では年齢を問わず多くの人が使っている、この「的」という言い方だが、ある人の分析によると、これは『名指ししているようで、実は名指しを避けている言い方で、指名する程度をややゆるめた、新しい婉曲表現と考えられる』のだそうで、冒頭の「私的には」というのは「私や私と同じ考えをもつ者としては」という含みになるそうだ。

よく、自分の考えを自分の意見として話さずに一般論として話してしまう人がいるが、この「○○的」という新婉曲表現を使う人もその一人なのかも知れない。「私は、こうだと思う」という意見を、それが少数派である事を恐れてか、「私的にはこうだと思う」や「一般的にはこうだと思う」と当たり障りなく、さも皆がそう考えているかのように言ったりして。

と、かく言う私も、オンタイムで学生が多く見られる会場を盛り上げる為に、また、オフタイムで人との会話を柔らかく楽しくする為にと、この新宴曲表現を使っている一人だったりするのだが、たとえこの新宴曲表現を用いて話す機会が増えたとしても、「私は、こう思う」という自分自身の考えを、一般論にすり替えてしまう事だけは避けたいものだと思う。