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ことばは生き物

「ことばは生きものだ」と、今期再登場した日曜のテレビ番組「平成教育予備校」で言っていたが、ほんとにその通りだと思う。はしょられていくことば、簡略化されていくことば、ことばは常にときとともに変化している。
かつて「新人類」という言葉があった。当時の大人たちから「新人類」といわれて育ったが、今、「新人類」という言葉はもう使われていない。
ことばは、方言も含めて日本のいい文化の一つだ。移ろいゆく時の流れの中で、変わりゆく日本語の中で、変わらず後世に残したいと思う言葉の文化がある。それが「尊敬語と謙譲語」。
今期復活した番組「平成教育予備校」は、その言葉の文化が失われつつある今の世を映し、正そうとするかのごとく始まったようにも思える。
日頃私たちが使っている「話し言葉」からは失われつつある謙譲語と尊敬語を少しだけ以下に列記してみた。

一般語と謙譲語
言う→申す・申し上げる
行く→参る・参ります
思う→存ずる・存じます
食べる→いただく
もらう→いただく
聞く→うかがう
見る→拝見する
あげる→さしあげる
私→小生

ほかに、小社、弊社、粗茶、薄謝、寸志、お待ちする、お知らせする、ご案内する、お願い、ご報告、お電話、など。

一般語と敬語
言う→おっしゃる・お話しになる
行く→いらっしゃる
来る→いらっしゃる・お越しになる・おみえになる・みえる
する→なさる
いる→いらっしゃる
食べる→お召し上がりになる・召し上がる・あがる
見る→ご覧になる

ほかに、○○様、御社、○○先生、部長(部長様とは言わない。例え得意先の部長であっても。)、ご意見、お帰り、御出席、下さる、お書きになる、お詳しい、お休みになる、など。