ワインdiary - 純米酒「船中八策」と坂本龍馬の「船中八策」

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純米酒「船中八策」と坂本龍馬の「船中八策」

“坂本龍馬が船の中で考えた八つの策”が「船中八策」で、幕末当時に龍馬が掲げた「日本の洗濯」の根幹とも言うべきもの。そしてそれがこの酒の名の由来。土佐の純米酒「船中八策」はキレのいい超辛口で料理との相性も抜群!

普段、飲むといえばワインが多いわたしだけど、寿司屋に行くと日本酒だったりする。それも辛口の。
「船中八策」は、その寿司屋の大将のおすすめ(辛口好きな人へのおすすめ)で、飲んでみるとこれがおいしくて! 以来、日本酒なら「船中八策」なわたし。
ワイン同様日本酒も、飲むためのものとして(料理と一緒にではなく)の好みのタイプといえば、割と甘口でまろやかなものだったりするんだけど、食事にあう飲み物となると、甘ったるいよりもちょっと渋め(なワイン)だったり辛口(な日本酒)だったりするほうがおいしいと思う派なので、この「船中八策」は最適♪

坂本龍馬の「船中八策」
幕末期、薩長連合が成立して西南雄藩の力を討幕に向けて結集し、新しい統一国家日本を生む基盤が作られた。慶応3年(1867)6月9日、いろは丸事件を解決した坂本龍馬は、後藤象二郎と共に土佐藩船・夕顔で、長崎から兵庫へ向かった。その船中で龍馬は、新しい国家体制について、その持論とする大政奉還、無血革命を実現すべく、同乗の後藤に示し、それを、側にいた海援隊文司の長岡謙吉が簡潔に書きとった。この時龍馬は、幕府に政権を返上させ、天皇を中心とした統一国家を作るために、八つの条項が必要と考えた。これは横井小楠の「国是七条」の思想を色濃く反映したもので、内容は大政奉還論と、その後の政策案で、これを「船中八策(せんちゅうはっさく)」と言う。八つの策は以下の通り。

  • 第一策 天下の政権を朝廷に奉還(ほうかん)せしめ、政令(せいれい)よろしく朝廷より出づべき事。
  • 第二策 上下議政局を設け、議員を置き、万機(ばんき)を参賛(さんさん)せしめ、万機よろしく公議に決すべき事。
  • 第三策 有材の公卿(くぎょう)・諸侯、および天下の人材を顧問に備え、官爵(かんしゃく)を賜(たま)い、よろしく従来有名無実(ゆうめいむじつ)の官を除くべき事。
  • 第四策 外国の交際、広く公議を採り、新(あら)たに至当(しとう)の規約を立つべき事。
  • 第五策 古来の律令(りつりょう)を折衷(せっちゅう)し、新たに無窮(むきゅう)の大典(たいてん)を選定すべき事。
  • 第六策 海軍よろしく拡張すべき事。
  • 第七策 御親兵(ごしんぺい)を置き、帝都を守護せしむる事。
  • 第八策 金銀物価、よろしく外国と平均の法を設くべき事。

以上八策は、方今(ほうこん)天下の形勢を察し、之(これ)を宇内(うだい)万国に徴(ちょう)するに、之を捨て他に済時の急務あるなし。苟(いやしく)も此(この)数策を断行せば、皇運(こううん)を挽回し、国勢を拡張し、万国と並立するも、亦敢(あえ)て難(かた)しとせず。伏(ふし)て願(ねがわ)くは、公明正大の道理に基(もとづ)き、一大英断を以(もっ)て天下と更始(こうし)一新せん。

その後、二人は6月12日兵庫に上陸し、14日には後藤象二郎が京都に入り、同夜遅くには藩論としてまとめ上げて、翌15日に成案を得た。そして10月3日には、これを基にした大政奉還の建白書が幕府に提出された。この船中八策は、後に明治新政府の大方針を示す「五箇条の御誓文」へと繋がっていき、新政府樹立後の国政の指標となった。

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