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バレンタインデーの由来

イタリアのテルニには、ローマ時代に生きたある恋人たちの愛の物語が伝えられています。
若者の名はサビノ、娘はセラピア──

紀元245年、テルニのある熱心なキリスト教信者の夫婦に女の子が生まれた。両親はその子をセラピアと名付け、洗礼を受けさせて神の祝福を祈りました。やがてセラピアは心の清らかな美しい乙女に成長し、ローマ軍に籍を置いてテルニに駐屯していたローマの青年サビノと恋に落ちました。しかし、セラピアの両親は二人の仲を喜びませんでした。当時、キリスト教は権力に対立する宗教として迫害を受けていて、ローマ軍はキリスト教を信ずることを禁じられていたからです。キリスト教徒にとってローマ軍はいわば敵でもあったわけです。

セラピアを深く愛していたサビノは、身の危険も顧みず、聖バレンチノのもとで洗礼を受けます。そして二人はめでたく婚約しました。が、幸せもつかの間、その三か月後にセラピアは当時不治の病と言われていた結核に倒れたのでした。サビノはセラピアのそばを片時も離れず看病を続けました。けれど、ついに回復の望みは断たれてしまい、サビノは聖バレンチノを招いて『二人が一緒に天に召されるように』祈ってもらうことにしました。

サビノのその願いは聞き届けられ、2月14日、二人は一緒に天国へ旅立ったといわれています。
その後の紀元273年の2月14日に聖バレンチノがローマで殉職し、命日がバレンタインデーになったんですね。 バレンチノは273年2月14日の夜にローマで殺害されて、首を切られ、首から下の遺体だけが彼のふるさとテルニに戻されたといいますが、殺害された理由は、バレンチノがある哲学者の息子の病を治したのを機に次々と奇跡をおこして人望を集め、崇拝されるようになって、当時のローマ帝国が皇帝崇拝の思想を脅かすものとしてキリスト教を認めず、厳しい弾圧と迫害を加えたためだといわれています。

サビノとセラピアの物語は聖バレンチノの名とともに2000年ものあいだ、語り継がれてきました。 ローマ時代の二月のお祭りでは、遊び相手の女の子をくじで決める風習があって、これがキリスト教化したという説もありますが、2月14日に女性から男性へチョコを贈るようになったのは日本独特のもので、チョコレートなどのお菓子メーカーのPRで広まったといわれています。